そうは書いてみたもののいまひとつすっきりしないのは、直感を否定するために書いたからではないかと思った。始めに感じたのは率直に言ってやめてくれ、という感情だった。その否定的な感情の最も効果的な伝え方はなにも伝えないことだが、自分はそれを選べなかった。否定せずに受け容れるという姿勢をああした消極的な形で示すことを選ぶしかできなかった。そのことの釈明として書いた。釈明は何も明示することができない。
(例のエントリのコメント欄はいまだに読む勇気が出ないが)そのあとのエントリのコメントは読んだ。そのなかにいくつか、受け容れるという言葉を濫用するものがあった。その言葉の軽さは信じがたい。すべてを受け容れるという言葉の甘美さに酔ってはならない。そう思うのは、自分がただ受け容れることができずに困惑や反発を覚えてしまったからか。そうかもしれない。それならそれでよい。すべてを受け容れると言うためには相当の覚悟が必要であるほうがよい。
互いが見ることができる部分が局部的な析出であるからこそ「すべて」を受け容れ合うような関係になるということはあり得ると思う。それはその析出の美しさ、稀有さに依る。言い換えればそれらは奇跡を現出させる力であり、その力があるからこそ、局部の接触が全体の受容になりうる。もちろんその受容そのものも奇跡だ。
あれは、この力の源泉を枯れさせかねない、いわば動乱であったのかもしれない。力で押さえつけることが不粋であることがわかっている心優しい者たちは、とりあえず動乱を穏便に鎮静させようとする。そして実際鎮静したのだが、原因の根本が明らかにならなければ同じことがまた起こる。 そう思えてならない。
優しさに強度があっても、根本を明らかにすることができるわけではない。明らかにできると胸を張ればそれは傲慢でしかない。それでも近づく可能性はあるはずで、その方法は結局対話しかない。そのような濃密な対話は成立するのだろうか?
(話は元に戻ってしまった)
辛いことはなにかという唐突で物騒な問いかけに対し、回答は早くすべきだと思い、たいした吟味もせずに、大切なひとが離れていってしまうことだろうか、と答えた。嘘をついてはならないという最低限自分に課したこの平凡なルールは、ここでも守られた。たしかに嘘ではなく、答えてからもこれよりましな回答は考えにくかった。
しかし、ほんとうを答えているともまた思えなかった。「あなたが辛く思っているということが辛い」ということもまた嘘ではないが、ここで求められている回答ではない。もう一歩踏み込んで「そういうことを問いかけさせてしまう、問いかけられてしまうということが辛い」と言ってしまえば、これはほんとうを言ったことに近かった。その勇気はなかった。
物騒な問いかけによって僕らを戸惑わせ心配させ騒がせるというのは今に始まったことではないが、僕らは慣れているというわけではない。ああ、また始まったかとは思っても、本気で「あなたが離れていってしまうこと」を心配するのだ。
とにかくコミュニケーションがしたい。話がしたい。去年韓国に行った理由も結局はそれだ。途切れている旅の記録も、続きが書かれることがあればそのように結ばれる。ではなんのために話がしたいと思うのか。それはあなたのことを知り、あなたにわたしのことを知ってもらい、知りあうことでわからないことがわかるようにかわることを望んでいるからだ。だから面倒な問いであっても、問われているからには答えたいと思う。
そうであっても、これはコミュニケーションだろうか。何が辛いのか、なぜそのような問いを発したのか、問う側がそれらを隠したまま問うても、問われる僕の心をざわつかせはしても、わかりあうことにはならない。問いの理由をわかりたいと思いはするが、その欲求は疑念と表裏一体だ。
甘えたいといわれても、そのまま甘やかすことがわかりあうことにつながっていくのだろうか。わかりあう回路の遮断を許すような、甘い関係は求めていない。生き様をぶつけ合おうと言い出したのはほかではないあなたではないか。その言葉にいまも動かされている。甘えるなら、徹底して熱く甘え合いたい。心の鋭い部分をぶつけあって共に苦しみ、共に楽しむことができる関係だと信じている。信じられなくなったとすれば、それは別離であって、この上なく辛いだろうが、そんなことにはならない。そう信じている。
何度目かの奇跡と呼ぶに恥じない出来事の直後に、その奇跡の意味の検証が正しくされていないと思わせる出来事を現出させてしまうこと、見せかけの等身大の型枠に押し込めることによって可能性をスポイルすること、手間を尽くさずにただある形に切り出すことだけのものにいっぱしの「商品」のラベルを貼ること、こうしたことは今に始まったことではなく、かつて何度も抗議されてきた。いまもこうして抗議したい。しかし抗議したいから、抗議したくさせるこの現状を喜んで受け容れたい。だから1時間の昼休みを利用して4駅先まで新譜を買いに行った。この行為がこれからも奇跡をつくりだすための礎になることを信じて。信じて書く。信じるためには書き残すほかない。取り戻すように書く。
初めて韓国に行ったのは高校生のころ高校では2度行って大学では第2外国語に朝鮮語を選んでそのせいで留年して3度目の韓国は大学3年目のころで4度目はこのメロンFCツアーでそんなことだけで韓国に縁を感じてしまうなんてその程度の縁ならこの国に住むひとはみんなもってる、などと思うけれど自分にとって韓国がさらに重い場所になったことはたしかだ。
旅というのはどこにいくかよりだれといくかが必ずしも重要であるとは思わない。だから行き先はどこでもよかったとも思わない。ただ遠くに行くことが必要だったのか。メロン記念日に会うために海を越えることが必要だったのか。メロン記念日のために「わざわざ」韓国まできているという感覚が? いやただ記憶を増やしたかった。去年の長野でできたかけがえなさすぎる記憶、そういう記憶を作れる可能性を捨てることなどできるわけがなかった。そのための場所がどこである必要があったのかということは、僕はほとんど考えられない。5ショット撮影のとき緑のチマチョゴリを着た大谷さんの美しさが目に飛び込んできたとき、そういう考えはどこかに飛んでいってしまった。アンニョンハセヨとあいさつしロシアンルーレットのポーズを要求しシャッターが降りてコマスムニダとお礼を言った。もともとたいしてなかった朝鮮語の知識はほとんど剥がれ落ちてしまったがそういうことができることがうれしかったし大谷さんは美しすぎた。韓国でよかったと思った。
大谷雅恵
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ほんとうに恐れていることが起こっている、という懸念を押しつぶせない。
いちどそうした懸念を抱くと、すべてのことが悪い方向に向かう思考の手助けとなってしまう。もちろんそれはこの自分にとって悪い、ということであって、(ほかのだれでもない)あなたや、みんなにとって悪いということではない。
きのう、ガラスのコップを誤って割ってしまった。水切り棚が食器で溢れていて、すこし揺れたら崩れるなと思ったすぐあと、そう思ったことを忘れ新たに食器を載せた。重みと振動でバランスを崩し、コップが流しにずり落ち、鈍い音を立てて割れた。そのコップは、まさにあの日、あのひとに向かって出したものだった。ふたつの意味で手がつけられることはなかったが、それだけでほかのコップとは異なる。捨てようと思えず、ビニール袋にすべての破片を入れて部屋に持って行った。
そんなことすら、予兆に思える。
あんなことがあって以来、願いはさらにシンプルになった。それは、恐れもシンプルになっていくことを意味するし、ほんの些細なことで恐れてしまうようになったことも意味するかもしれない。ただ、会えなくなることを恐怖する。こんなことだけでも恐れる。
生きる意味も目的も方法も、すべてメロン記念日にあるということを気づかせてくれた歌。そんなことはもっと早く気づくべきだったろうけれど、そんな鈍すぎる僕にすら大切なことを教えてくれた。これがなければ生きていなかったなんて軽々しくも言ってしまうことを許してほしい。メロン記念日を信じることも愛することもできない人生なんて、生の名に値するのか、などと、僕は本気で思っているのです。この曲であのひとの名前を絶叫するとき、いつももう死んでしまってもいいとすら思う。死んでしまったらもう二度と叫べないし、メロン記念日に会うこともできなくなるから、死ぬのはとても嫌なので僕は死にません。死なんていう、極端な言葉を何度も使わないと思いが表現できない僕はあいかわらず鈍い。でも、この歌が最高だということはわかる。それだけでいいかもしれない。どんな夢を見ても夢の中にいて。お願い魅惑のターゲット。
恋人になりたい。隙間見てKISSがしたい。愛してる愛してる愛してる。い つまでも誰よりも愛してる。 こんな曲に意味あるコメントなんかできるわけがない。こういうふうに恋がしたいと思って悪いか。ライブで叫びながらドライブして映画行く想像して悪いか! この歌を2002年の夏に恵比寿のTSUTAYAでレンタルで聴いておきながらすばらしさに気づかなかった僕は悪いです。うしろから首を絞めてやりたい。でもそれから5年すぎて、これだけ愛せてるからもうそれはどうでもいいことにしたい。愛してる。百万回愛してる。
メロン記念日と出会ったことは、運命だと思いたい。ほんとうのところはどうかわからないけど、運命だったらすばらしい。そんなことをいつも思わせるこの歌がすばらしい。天国でも地獄でもついていきたいと思える幸せ。
正直なところ、マジヲタ化が急速に進行して以降、自分の中の赤フリの重要度というのは下がってきている。でも、横アリのハロコンで1階スタンド上部の席から赤フリをみたからこそいまの自分がある。それがなければ「さぁ恋」が図星であることも、「運命」が地獄のようにすばらしいこともわからなかった。だから赤フリは大切な歌でありつづけるし、何より「信じることにするわ」という決意のしかたを教えてくれた。
なぜソニンさんのことが好きだったのかについてはいくつか並べることができそうなのに、ソニンさんのことをどう好きだったのかはいまだによくわからない。ただ、友達みたいに思ってたんだよね、と言えばそんなに外れてはいないと思う。それがすべてではないけれど、ソニンさんと共感関係(?)にいる/いたいと思っていたのは確かで、その共感の幅がいちばん広かったのがこの曲。アレンジの力も大きい。
EE JUMP〜ソニンのPVはどれもランクに入れたいくらい好きなものが多いなかで、ひとつ選ぶとしたらこれ。PVはにぎやかで楽しいのがいいです。ユウキのちょんまげと七三分けを見てせつなくなれるのもいい。あまり理由になっていないけれど、いいPV。
曲はいまだに肯定できない。PVも、ダンスパートはともかくストーリーパートは曲に合っていないのでPVとしていいものとはあまり思えない。でもそのストーリー部分がまるまるフィクションなのに、ノンフィクションに思えて、メロンの来歴に自然に思いが向かっていってしまう、度し難い映像。曲が好きではないからこそ(これは本当にひどい言い草だとは思う)、このPVが映えてみえる。メロンのPVを見返すまでランキングに入れようなどと一切思っていなかったのに、メロンからひとつを選ぶとこれが残ってしまった。考えてみたら画面の中に入りたいと思った数少ないPVだった。
大谷さんがセクシーすぎてPV中に出てくる男性俳優に嫉妬。
こんなに好きなアルバムになるとは思っていなかった。すべて灼熱天国のせい。歌うのがメロン記念日である理由がよくわからない曲が多いいと思っていたのに、灼熱を経てすべてメロン記念日の歌でなければならなくなった。
だから曲自体のことを言えばマスターピースの量が多いのはこちらでも、アルバムリリース時はその初期の曲の体験がほとんどなかったので、金字塔の建設に携われずに完成した塔を地面から見上げるようなさみしさを感じてしまっていた。ゆえに2位。
アルバムを通して聴いた回数ならメロンの2枚より上かもしれない。EE JUMP COLLECTION(1)がリリースされていたら…という話はしないことにします。
written by せきね (nk at 50mb dot net)